社長が給与計算をしている会社は、なぜ成長しにくいのか?

中小企業の約7割で社長が給与計算に関与?

2026年10月、Nキャリア株式会社が興味深い調査結果を公表しました。

同社が3年間で約360社の経営者と面談したところ、約7割の企業で社長自身が給与計算に関わっていたというのです。

これは同社が面談した企業を対象とする独自集計であり、中小企業全体の実態を示す統計ではありません。それでも、給与計算の実務に携わる立場からすると、決して意外な数字ではありません。

特に従業員5人から50人程度の企業では、専任の給与計算担当者を置く余裕がなく、社長自身が勤怠を集計し、給与ソフトに入力し、給与明細を作成しているケースも珍しくないでしょう。

なぜ社長が給与計算をするのでしょうか。

・人件費を節約したい
・従業員に他の社員の給与を知られたくない
・自分でやった方が早い。

理由はいろいろあると思います。

しかし、私は社長が給与計算を続けることは、会社にとって決して合理的ではないと考えています。

社長の時間は無料ではない

例えば、社長が給与計算に毎月5時間を費やしているとします。

年間では60時間です。

60時間あれば、どれだけの取引先を訪問できるでしょうか。新しい商品やサービスを考えたり、社員と面談したりする時間にも充てられます。

社長が給与計算をする理由の一つに、外部委託すると費用がかかるという考えがあります。

確かに、自分で計算すれば外注費は発生しません。

しかし、社長自身の時間にも当然コストがあります。

仮に社長の1時間の価値を1万円と考えれば、年間60時間は60万円に相当します。

もちろん、給与計算をやめたからといって、その時間がそのまま売上に変わるわけではありません。

それでも、社長が自分にしかできない仕事に使えるはずの時間を、毎月の給与計算に費やしているという事実は、考える必要があると思います。

給与計算は、ソフトがあれば誰でも正しくできる仕事ではない

給与計算は、単純な足し算や引き算ではありません。

時間外労働や休日労働の割増賃金、社会保険料、雇用保険料、所得税など、さまざまな法律や制度が関係しています。

さらに厄介なのは、これらの制度が毎年のように改正されることです。

社会保険料率や雇用保険料率の変更、税制改正、社会保険の適用拡大、育児・介護休業に関する制度改正など、給与計算に影響する変更は少なくありません。

法改正があれば、その内容を理解し、自社の給与計算にどのような影響があるかを確認し、必要に応じて給与ソフトの設定や運用を見直さなければなりません。

給与計算ソフトを導入していても、すべての法改正に自動で対応してくれるわけではありません。

また、ソフトの計算結果が正しいかどうかは、最初の設定に左右されます。

例えば、残業代を計算する際の月平均所定労働時間や、割増賃金の計算基礎に含める手当の設定が間違っていれば、毎月誤った給与が計算され続ける可能性があります。

社長は経営の専門家であっても、必ずしも労働法や社会保険制度の専門家ではありません。

本業の経営判断に加えて、毎年の法改正まで追いかけながら給与計算の正確性を維持することは、相当な負担ではないでしょうか。

社長しか給与計算ができない会社のリスク

もう一つの問題は、給与計算が社長個人に依存してしまうことです。

社長が病気になったり、急な出張が入ったりした場合でも、給与の支払日を簡単に変更することはできません。

また、毎月の計算方法や例外処理が社長の頭の中だけにあると、他の人が業務を引き継ぐことも難しくなります。

従業員の給与は生活に直結するものです。

会社にとって、給与を正確に、決められた日に支払うことは極めて重要です。

その業務を社長一人に依存させておくことは、会社の規模にかかわらず、決して望ましい状態とはいえません。

社長が給与計算をする事情も理解できる

もちろん、小規模企業にはそれぞれ事情があります。

従業員が数人しかいなければ、給与計算のために専任の担当者を雇うことは現実的ではありません。

また、給与情報は機密性が高く、他の従業員に任せにくいという事情もあるでしょう。

だからこそ、社長自身が給与計算をしているのだと思います。

ただ、社長が自分でやるしかないという状態と、社長が自分でやるべきだということは、まったく別の話です。

業務の一部を他の社員に任せる、仕組みを見直して作業を減らす、外部の専門家を活用するなど、選択肢はいくつもあります。

大切なのは、現在のやり方を当たり前だと思わず、一度見直してみることではないでしょうか。

会社が成長するほど、社長は実務から離れるべき

これは給与計算に限った話ではありません。

経理、請求書の発行、勤怠管理、各種書類の作成、備品の発注など、小規模企業の社長は実に多くの仕事を抱えています。

創業間もない頃は、それでもよいと思います。

資金も人材も限られている以上、社長が営業も経理も総務もこなさなければ、会社が回らないこともあるでしょう。

しかし、従業員が5人、10人、20人と増えていっても、社長が同じ仕事を続けていたらどうでしょうか。

会社が成長すれば、社長が判断しなければならないことは増えていきます。

新しい事業への投資、採用、人材育成、組織づくり、取引先との関係構築。

こうした仕事は、社長が中心となって取り組むべきものです。

一方で、毎月決められた手順で処理する定型的な業務は、必ずしも社長自身が行う必要はありません。

むしろ、社長がいつまでも細かな実務を抱え込んでいると、社員に仕事を任せる機会が失われ、組織としての成長も妨げられかねません。

「自分でやった方が早い」という考え方は、会社が小さいうちは通用しても、成長するにつれて限界が訪れます。

社長自身が実務から離れ、社員や組織が主体的に仕事を進められる体制をつくることも、経営者の重要な仕事です。

社長にしかできない仕事に時間を使う

給与計算は、会社にとって欠かすことのできない重要な業務です。

しかし、重要な業務だからといって、社長自身が行わなければならないわけではありません。

むしろ、重要だからこそ、誰が担当しても正確に処理できる仕組みを整えておくべきです。

社長が給与計算をしている会社が、必ずしも成長しないわけではありません。

ただ、会社を成長させたいのであれば、社長自身の時間の使い方を見直すことは避けて通れないと思います。

社長の仕事は、会社を経営することです。

毎月の給与計算に追われるのではなく、会社の将来を考え、事業を発展させ、社員が安心して働ける環境をつくる。

経営としては、そのためにこそ、社長の時間を使うのが適正であると考えています。


参考記事

Nキャリア株式会社(2026年10月20日)

「3年間で約360社の経営者と面談、約7割の社長が自ら給与計算に関与ーー中小企業向け『バックオフィスレス経営』を開始」

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000030.000118189.html